教室にはざわめきが満ちていた。
笑い声、椅子のきしむ音、鉛筆が紙の上で擦れる乾いた気配。
それらが重なり合い、小さな波となって机の脚もとにほどけていく。
セシリアは、その波から半歩だけ外れて座っていた。
まぶたの裏にうっすらと、別の音が流れている。
遠い水底に落ちる小石の音。誰にも気づかれない、微かな響き。
「セシリアさん!」
教師から名前を呼ばれる。
呼び声は耳朶をかすめて、彼女の背中まで届かない。
返事をし損ねた声は、喉の奥でひとつ丸まって、また沈んだ。
生きづらさは、痛みではなく温度に似ている。
少し低い体温のまま、手のひらに残る鉛筆の黒ずみだけが現実を証明する。
ここにいるのに、ここではない。
それは目の焦点ではなく、居場所の焦点が合わないということだ。
隣の列で笑いが弾け、机の上の消しゴムが跳ねる。
彼女の時間だけが、半拍ずれて流れていく。
ゆっくり、ゆっくり。誰にも見えない速度で。
視線を落とすと、窓辺に置かれたものがあった。
丸い、水の器。
薄い光を集めて、静かな揺らめきを小さく抱いている。
彼女は目を上げる。
金魚の影が、透明の世界の内側で身じろぎした。
呼吸みたいに柔らかく、尾がほどけて、また結ばれる。
「同じか……」
声はほとんど音にならず、水面の模様に溶けた。
誰にも届かなくていい。
届かないからこそ、ここだけに留まる言葉がある。
彼女はしばらく、目を離さなかった。
ガラスに沿って流れる光が、黒板の白い粉末よりも確かな輪郭を描いていた。
世界の外縁が、やっと指先に触れたような気がした。
金魚は一度だけ、水面近くで立ち止まった。
まるで外の世界を覗き込むように。
『ポータルクロニクル』
©2025 高橋剛(創作家)/AI支援
【朗読】ポータルクロニクル公式
使用音声ソフト
VOICEVOX:小夜/SAYO(朗読/セシリア)
VOICEVOX:中部つるぎ(教師)
エンディングテーマ
ミッドナイトムーン/甘茶の音楽工房
登場キャラクター紹介
セシリア・フェアチャイルド
物語の軸となる存在。 幼少期にアブダクションを経験した過去を持ちながら、その記憶は封じられている。 不思議世界への関心を胸に過ごす。
名前の由来は「機動戦士ガンダム」でギレン・ザビの第1秘書を務める才色兼備の美女セシリアと、「ガンダムF91」のセシリー・フェアチャイルドから。
Chronicle FM
©音読さん
挿絵について
当初は「セシリアが金魚鉢を見つめるシーン」を実写風で描こうと、AIに生成を依頼しましたが、規約に触れてしまい断念。代わりに「金魚鉢のみ・絵画風」で生成を依頼したところ、結果的にセシリアの不在がかえって孤独感を際立たせ、物語に深みを与える一枚となりました。思わぬ制約が、逆に功を奏しました。
エンディングテーマについて
朗読動画のエンディングには「ミッドナイトムーン」(甘茶の音楽工房)を使用しています。ただし原曲は長いため、Online MP3 Cutterを使ってトリミングし、フェードイン・フェードアウトを加えて1分以内に編集。物語の余韻を損なわず、すっきりとした締めに仕上げることができました。
音声生成について
2回目の挑戦ということもあり、前回よりもスムーズに進行。やはり初回は試行錯誤で時間がかかりますが、回を重ねるごとに慣れが生まれ、制作のリズムも整ってきました。

