――キッドは数分とかからず、女パイロットの頭部に装着されていた金属製ヘアバンドを外し、即座に宇宙空間へ投棄した。
それが船体から離れて数秒後、核爆発が起こり、ヘアバンドは閃光の中で塵と化した。
ロナが戦慄する。
「何あれ……小型核!?人間に使うものじゃないでしょ」
船内には、言葉を失わせるほどの重苦しさが満ちた。
未知のバイオ汚染の可能性を警戒し、女は直ちに滅菌室へ搬送された。防護服に身を包んだ医療スタッフが、女の衣服や下着をすべて切り裂いて廃棄し、身体を隅々まで丁寧に除染。最後に、完全滅菌された白いペーパーガウンを静かに着せた。
「いいわ。行って」
看護師長の短い指示に、ヘンリーが応じる。
「かぐやとカミーユはその女を医務室へ運べ。ワシもすぐ行く」
かぐやとカミーユが女をストレッチャーに乗せ、医務室へ運んだ。少し遅れてヘンリーも入ってくる。
ヘンリーが検査機器を指さして言う。
「そこへ乗せてくれ」
ヘンリーは注射器を個別包装から出しながら言った。
「ついでに採血じゃ」
慣れた手つきで採血を終えると、カミーユへ指示する。
「そこのボタンを押してくれ。あとは自動で動く」
「任務了解!」
「10分くらいで出てくる。そうしたらメドベッドへ移してくれ。ワシはその間にDNA解析をやっておく」
10分後、機器が排出音を立て、女がゆっくりと外へ押し出され、右側のモニターに断面図が映し出された。
「かぐや、頭を持って。私は足を持つわ。1、2、3で移しましょう」
「はい」
「ヘンリー先生、移したわよ」
「ご苦労。タイマーを2時間にセットしてくれ」
「任務完了よ」
「2人ともご苦労じゃった。とりあえず、ジュースでも飲め」
「いただくわ」
ヘンリーはモニターを覗き込み、眉をひそめた。
「うーむ……」
「何、どうしたの?」
カミーユとかぐやがジュースを片手に、ヘンリーの肩越しから画面を覗き込む。
「完璧なまでに整いすぎてるのじゃよ」
「私みたいなハイブリッドですか?」
かぐやが問う。
「いや。DNAはロシア系じゃ。中でも赤毛の民族……ほれ、何と言ったか。有名な若いスポーツ選手がいたじゃろ。以前、上の図書館で見た記憶があるのじゃが」
「ウドムルト人でしょ。スラヴ系ではない少数民族。フィギュアスケートのザギトワって人の出身国として有名よ。彼女は赤毛じゃないけど」
「そうじゃそうじゃ。カミーユ、お前さん物知りじゃの」
かぐやが悪い顔でヘンリーに言う。
「ヘンリー先生、どうせザギトワ選手の画像を検索して、色んな所をアップで見てたんでしょ」
「ふんっ」
「図星ですね」
「ほっとけ。これだからニュータイプは」
「ニュータイプの直感云々は関係ありません。ヘンリー先生の場合は」
一同、笑いが溢れた。
――2時間後。
メドベッドのキャノピーが静かに開き、女がゆっくりと目を覚ました。
「気がついたか」
「ここはどこ?あなた達は?」
「ワシらの母船の中じゃよ。心配せんでいい。少なくともお前さんの敵ではない」
ヘンリーが椅子に座るように促す。

「モニターを見ろ」
ヘンリーがリモコンを押すと、救命ポッドが炎上しながら地中海へ落下し、沈みゆく直前に母船が上空に現れ、吸い上げる映像が再生された。
「ありがとう……助けてくれたのね」
女がふと何かを思い出し、語気を強める。
「ヘアバンドは?箱は?箱があったでしょ?」
「ヘアバンドはうちのメカニックが外して宇宙へ放り投げたわい。あれは小型核じゃろ?なぜそんなものを……」
「逃亡防止よ。外したら時限式で周辺ごと消滅するの」
「箱はワシは見ていないが、あったなら、うちのメカニックが今頃解析しとる。安心せえ。流出なんかさせん」
「いえ、流出させてほしいのよ」
「はあ?」
「そのために脱走してきたの」
ヘンリーは女の顔をじっと見つめる。
「……寝とる間に色々検査させてもらったが、お前さんロシア系じゃろ?なぜ地球人が地球外のポッドに?どこの星じゃ?」
ちょうどその時、ロナに続き、イリスがディスクを手に掲げながら入ってきた。
「これでしょ」
「イリス、何じゃそれは」
「箱に入ってたやつよ。見させてもらったわ」
「箱は2つあって、そのうちの1つはフライトレコーダーだったわ。これはもう1つの箱の中にあったやつ」
イリスが女を見つめる。
「あなた、見た感じ地球人っぽいけど、どこの星なの?なぜこんなむごい非人道的な人体実験を?それに、あなた双子とか?映像にあなたと同じ人が映ってたわ」
――その時だった。
医務室の外から、複数のコンバットブーツが床を叩く音が近づいてきた。
次の瞬間、ドアが勢いよく開き、武装した隊員たちが雪崩のように飛び込んでくる。入口には即座に警戒要員が配置され、医務室は外界から遮断された。
「NBCテロ対策部隊だ!女、動くな!」
分隊長の怒号と同時に、隊員たちの銃口が一斉に女へ向けられる。
「両手を開いてゆっくり上に挙げろ。手を頭の後ろで組め!」
ヘンリーが眉間に深い皺を刻み、普段は冷静沈着なイリスも珍しく声を荒げた。
「なんじゃなんじゃ、騒々しい!」
「ちょっと、何なのよ!」
「イリス様、この女は危険人物です。先ほどの核爆発を見たでしょう?」
「この人はむしろ被害者よ。これを見ればわかるわ」
イリスは手に持っていたディスクを掲げる。
「これから事情聴取するんでしょう?私も聞きたいことが山ほどあるわ。ここでは狭いから、隣の会議室に移動でいいかしら」
ヘンリーが頷く。
「教授とセシリアも呼ぶか」
モニター横のパネルをタップし、図書館へ接続する。
「どうじゃね?捗っておるか?――」
登場キャラクター紹介
イリス
太古に地球を離れた人類の末裔で科学者。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。常にセシリアに寄り添う良き理解者。父親は母星の代表職である最高評議会議長。科学者ならではの冷静な視点と、多次元的な知識を併せ持ち、チームの“要石”として活動する。
名前の由来はピエール=ナルシス・ゲラン作『モルフェウスとイーリス』から。
カミーユ
フランスと日本のハーフ女性。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。元傭兵で、その類稀なる戦闘能力から「最高のニュータイプ」と呼ばれている。
名前の由来は「Zガンダム」の主人公カミーユ・ビダンから。
かぐや
日本人と地球外知的生命体とのハイブリッドの末裔。前・月の代表で、G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。地球のオープンコンタクトの“先鋒”という、新たな任務の元、セシリアらと共に旅を続ける。
ヘンリー・フィーア
イリス一族の専属ドクター。専門は産婦人科。人呼んで「スーパードクターH」。母船「ラビアンローズ」の常駐医師兼副長的立場として指揮を執っている。イリス、ロナ、かぐやから“変なおじさん”認定をされている。
名前の由来は小説『新機動戦記ガンダムW Frozen Teardrop』から。
女パイロット
とある目的を持って地球外の救命ポッドで脱走してきた女パイロット。ロシア系少数民族出身であること等、謎が多い。撃墜寸前のところを、イリスの母船「ラビアンローズ」に救出される。
編集後記
Season 5 第1話でヘンリーが放った
「かぐやとカミーユはその女を医務室へ運べ。ワシもすぐ行く」
というセリフの前段階で何が行われていたのか——今回は、その“空白の処置”を補う形で物語を始めました。
実際に核テロが発生した場合、当事者の衣服や下着はすべて切り裂いて廃棄し、徹底した除染を行ったうえでペーパーガウンを着用させるという手順が取られるだろうと考え、ポータルクロニクルの世界にも反映させました。
救出された赤毛の女は、ロシア系少数民族の出身であることが判明しました。そしてなぜ地球人が地球外のポッドに乗っていたのか。
また、彼女が語った「流出させてほしい」という言葉の真意とは何なのか。
Season 5はここからさらに深い層へと潜っていきます。
次回以降の展開を、どうぞご期待ください。

