ポータルクロニクル Season 5 第2話「異星の虚ろ舟・中編」

基地の格納庫に、メカニックの声が響いた。

「大尉。準備完了しました」

「そう。ご苦労さま」

メカニックは一礼しながら続ける。

「大尉、お聞きになっていると思いますが、本機のバーニアは次期主力モビルスーツ用に開発された新型です。今回の訓練は、その実証実験も兼ねています」

「ええ、聞いてるわ」

女は颯爽とポッドへ乗り込んだ。
メカニックが身を乗り出し、マイクに拾われないよう、小声で囁く。

(大尉。“箱”は所定の位置にあります)

女はわずかに頷く。

(それと――操縦桿に隠しボタンを仕込んであります。モニターからは死角になる位置です。指で探ってください。それを押すとサイコミュが起動します。大尉なら上手く扱えるはずです)

「いつの間にそんなものを仕込んだの?」

(我々メカニックをなめないでください)

メカニックはニヤリと笑った。

(上手く言えませんが……ご武運を)

「ありがとう」

メカニックは静かに離れていった。

基地内にアナウンスが流れる。

「これより救命ポッドによる脱出訓練を行う。当該機には次期主力モビルスーツ用新型バーニアが搭載されており、実証実験も兼ねている」

通信が入る。

「大尉、聞こえるか?準備はいいか」

「はい、大佐」

「状況開始」

女が復唱する。
「状況開始」

ポッドは宇宙空間にある基地から発進し、水平方向へ滑るように移動した。
この基地は、ある惑星のサテライト基地であり、全体がステルス機能で覆われ、外部からは観測不可能な存在だった。

(上手くやれよ)

大佐はモニターを見つめながら心の中でつぶやく。

女は流れてくるデブリ群に機体を紛れ込ませ、訓練宙域から徐々に離れていく。

(ほう……考えたな)

大佐は画面に手をつき、食い入るように見守った。

しかし当然、訓練を監視していた軍や実験施設の上層部は異変に気づく。

「大尉。訓練宙域から外れている。今すぐ戻れ」

「ごめんなさい。ノイズが多くてよく聞き取れないわ」

確かにデブリの影響でノイズは多かったが、女はそれを口実にバーニアをふかし、さらに遠ざかる。

軍上層部がざわつき始め、怒号が飛ぶ。

「ええい、誰か!モビルスーツ、回収に向かえ!」

2機のモビルスーツが基地から発進し、猛追してきた。

「やはり追ってきたわね」

女はペダルを踏み込み、新型バーニアの出力を全開にする。

「さすが新型バーニアね。これなら追いつけないでしょ」

しかし、ポッドに対して撃墜命令が下った。
ビームライフルが2発、鋭い光跡を引いて飛ぶ。

女はバーニアを調節し、難なく回避した。

「撃墜する気ね。でもそんなの当たらないわ。逃げる方向を誘導して仕留めるつもりでしょ。そんなの、訓練で散々やってきたから読めるわ」

――その時、小型の物体が高速で接近してきた。

「ファンネル……!?」

複数方向から同時にビームが放たれる。

「まずいわ。隠しボタンはどこ?」

手袋を外し、指先で必死に探る。

「ここか──」

ネオングリーンの照明が点灯し、モニター下部に「PSYCOMMU ACTIVATED」の文字が浮かび上がった。

「起動した……!」

手袋をはめ直し、操縦桿を握り直す。
その瞬間、ファンネルが乱れ飛んだ。

「遅い!」

外装にかすり傷こそついたが、なんと女はすべてのファンネル攻撃を回避した。

「数からして、1機は量産機。もう1機がファンネル搭載機ね。だけど、あんなの当たらないわ。これにもファンネルが付いていれば応戦できるんだけど……」

その時、小さなデブリが衝突し、ポッドが大きく弾かれた。
機体は地球の引力に引かれ始める。

「まずい……!」

動きが鈍ったところを、ビームライフルで狙撃された。

「ちいっ(Damn!)」

バーニアで姿勢を調整してかわしたものの、ポッド上部にかすって引火した。

炎を抱えたまま、ポッドは大気圏へ突入する。

「このままでは爆発する……!」

女もさすがに焦りを隠せない。

眼前に広がる青い海――地中海。

「水……海……。あれに入れば……!」

一方、テンプテーションではロナの声が響く。

「上空から何かが猛スピードで降ってくるわ!モニターに出すわね」

救命ポッドとテンプテーションは母船「ラビアンローズ」に吸い込まれて行った。

そして――

宇宙空間で核爆発が発生した。

追手のモビルスーツと軍基地のモニターに「Signal Lost」の文字が浮かぶ。

大佐は肩を落とした。

「……だめか」

「状況終了」

力のない声が、マイク越しに基地内へ虚しく響いた。

間髪を入れず、軍上層部から声明が発表される。

「本件は、訓練中に発生した不慮の事故である」

わずか30分後、軍法会議が招集された。
当事者である大佐とメカニックが呼び出され、目の前には退職願が2枚ずつ置かれる。

「各自、今この場でサインしろ。1枚は各自保管、もう1枚はこちらへ提出。制服と制帽は返却の上、私服で帰宅せよ。そうすれば責任は追及せず、不問に付す」

軍も実験施設も、ヒトに小型核を仕込んだヘアバンドを装着させていた事実を知られたくないのであろう。
不都合な出来事を前に、組織が隠蔽工作に走るのは、いつの時代も変わらない。

「……わかりました」

大佐もメカニックも静かに応じ、退職願にサインした。
ロッカールームで私服に着替え、制服と制帽を返却する。
2人とも、落胆の色を隠しきれなかった。

軍法会議には、実験施設の上層部も身分を偽って出席していた。
彼らは軍上層部に耳打ちする。

「あの2人を野放しにして良いのですか?暗殺部隊を差し向けるべきでは?」

「救命ポッドが爆散した程度で核爆発するか?そんなことをしてみろ。軍や君たちに関する良からぬ噂や陰謀論が、ただでさえはびこっているのだ。ますます我々の立場が危うくなる。核爆発の件はこちらでなんとか言い訳してもみ消してやる。貴殿らも、これ以上首を突っ込むな。いいな」

「……はい」

基地から出たところで、メカニックが駆け寄る。

「大佐……」

「今はもう大佐ではない」

男は短く返答した。しかしその目にはまだ光が宿っていた。

「あいつがこの程度で死ぬと思うか?奴に託したのだ。大丈夫だ」

そして、声を落として続ける。

「本件はもみ消されて終わるだろう。だが――君も背中に気をつけろ」

男は静かに、しかし力強く言葉を継いだ。

「まだだ!まだ終わらんよ!」

登場キャラクター紹介

女パイロット
ある惑星のステルス基地所属のパイロット。階級は大尉。とある目的のため、訓練を利用して脱走を試みる。ファンネル攻撃を全弾回避するなど、卓越したニュータイプ能力を持つ。

大佐
女パイロットのとある目的の協力者。救命ポッドによる脱出訓練を計画、実行し、女パイロットの脱走を手助けした。

メカニック
女パイロットのとある目的の協力者。極秘裏に救命ポッドに“箱”とサイコミュを仕込む凄腕メカニック。

ロナ
人間の食べ物を摂取し続けたため、人間に変化した元妖精。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。元モビルスーツ乗りとしての腕を見込まれ、新たな移動手段となったシャトル「テンプテーション」の艦長となる。
名前の由来は「ガンダムF91」に登場したセシリー・フェアチャイルドの本名であるベラ・ロナから。嫌いなものはアニメ同様、ラフレシア。

編集後記

今回の物語は、前回のSeason 5 第1話よりも数時間前の出来事から始まるという、変則的な構成を採りました。すでにお気づきの通り、これは今後の展開に向けた重要な伏線となります。

今話の主人公である女パイロットは、ビームライフルやファンネル攻撃を全弾回避するほどの卓越したニュータイプ能力を持つ人物です。重罪である脱走を犯してまでも果たそうとする目的とは何なのか──その答えは、Season 5の物語の中で徐々に明らかになっていきます。

大佐の最後の台詞「背中に気をつけろ」は、ドラマ『X-ファイル』において、スキナー副長官がモルダーへ警告するように告げた言葉を引用しています。また、「まだだ!まだ終わらんよ!」は、『Zガンダム』最終回で、ジ・Oとキュベレイに挟撃され中破した百式の中で、クワトロ・バジーナが逆境に抗うように言い放った名台詞です。ポータルクロニクルでもどうしても使いたかったため、今回のエピソードに取り入れました。なお、原作ではクワトロ・バジーナの階級は大尉ですが、本作では女パイロットの階級として引用しています。

ポータルクロニクルは、地球上に存在する時空のポータルを調査し、行く先で出会う者たちとの交流を通して気づきを得て成長するという物語であり、それを読んだ読者にも気づきを与え、変容と成長を促すという、物語セラピー・芸術療法の側面を持っています。
そのため、本来であれば戦闘シーンは必須ではありません。しかし、ストーリー上の伏線として必要な場面であり、また私自身、いつか戦闘シーンをしっかり描いてみたいという思いもありました。今回はその願望を叶える形となりました。ガンダムファンの方への、ささやかなサービスでもあります。

Season 5はこれまでとは少し趣の異なる展開になりますが、物語としての核は変わりません。今後の展開を、どうぞ楽しみにお待ちください。