「先に行って待ってるわね!」
そう言うなり、ロナはテンプテーションのある方向へ駆け出した。ロナの足音を感知したデシュが、ハッチを開けて待っていてくれていた。
「デシュ、ありがとう」
ロナはコクピットに滑り込み、離陸準備を整えると声を張った。
「みんな、急いで!光学迷彩モードのまま、すぐ離陸するわよ」
「全員座ったわね?テンプテーション、発進します」
機体は垂直に浮上し、スフィンクスからピラミッド上空を大きく旋回して、地中海へと向かった。
「教授、上からの眺めもいいでしょ?」
ロナが艦内マイク越しに問いかける。
「ああ、素晴らしいじゃないか。年甲斐もなく興奮しとるぞ」
G教授はデシュを手招きした。
「デシュ、待たせたな。これを床に敷け。食べる時にこぼしたら大変だからな」
G教授は購入した地元紙を広げ、その上にホテルから持ち帰った食材を並べ、さらに水を入れたタッパーをデシュに渡した。
「ほう、魚だけじゃなく肉もスイーツもあるのか」
外の景色には一瞥もくれず、デシュは一心不乱に食べ続ける。
「風が語りかけます──うまい、うますぎる。十万石まんじゅう。埼玉銘菓十万石まんじゅうとエジプト料理……」
「デシュ、何だそれは?」
G教授の問いにカミーユが答えた。
「テレビ埼玉のCMよ」
そう言ってスマートフォンを取り出し、G教授に見せる。
「イギリス人の私には、何がなんだかさっぱりわからんが……」
「デシュ、あなたキャラ設定が迷走してるわよ」
イリスの冷徹なツッコミに、皆の顔に笑みがこぼれた。
――その時だった。
ロナが叫ぶ。
「上空から何かが猛スピードで降ってくるわ!モニターに出すわね」
「宇宙飛行士の救命ポッドじゃないのか?」
G教授の言葉に、かぐやが首を振る。
「いえ、あれは地球外のものですわ。私たち月も地球タイプに偽装した機体をよく造りますので、わかりますの」
「月製ではないのか?」
「はい。他の星です。イリスさんやロナさんの星のものでもないと思います」
「だとしたらどこのだ?」
「燃えてるわ!撃墜された!?」
イリスはコクピットへ駆け込む。
「ロナ、右側のタッチパネルのボタンを。母船とデータが同期してオペレーターに繋がるわ」
「OK」
ロナがボタンをタッチすると、母船のオペレーターが応答した。
「乗組員はそちらから見える?サーマルカメラで確認して」
「しかしイリス様、地球のことは地球に任せておけば……」
「それが、地球製ではないようなのよ」
「……わかりました。救助ですね。ワープしてすぐ向かいます。シャトルも一緒に吸い上げます」
数秒後、上空に巨大なワームホールが開き、母船が姿を見せた。
太い光の柱が降り注ぎ、救命ポッドとテンプテーションを吸い上げていく。
母船ではヘンリーがストレッチャーを用意して待っていた。
メカニック達が救命ポッドのハッチをプラズマ切断機で開き、中から女性らしき人物を抱き出す。
「気を失っているようじゃが、ヘルメットと宇宙服のおかげで大した怪我はないようじゃな」
ヘンリーが覗き込みながら言う。
「かぐや、カミーユ。ちょうど良いところに来たな。手伝ってくれ」
「おーい、ちょっと待った!」
少年が工具箱を抱えて降りてきた。
「どうした、キッド」
「そのお姉さんの頭の金属製ヘアバンド、追跡装置か爆破装置かもしれないぜ」
「なんじゃと?本当なら大変だ。外せるか?」
「やってみる」
キッドはわずか数分で、金属製ヘアバンドを手際よく外した。
「誰かハッチを開けろ!キッド、すぐそいつを外に放り投げろ!みんな下がれ、宇宙空間に吸い込まれるぞ!」
「あいよ!」
案の定、ヘアバンドは外して一定時間が経過すると爆発する時限爆弾装置だった。宇宙空間に放り出されて数秒後、閃光とともに粉々になった。
ロナが戦慄する。
「何あれ……小型核!?人間に使うものじゃないでしょ」
カミーユが静かに言う。
「周囲も含めて、一切の証拠を残さないようにするためよ」
ロナは言葉を失った。
「それにしても、あなた、まだ子どもなのに凄いじゃない」
ロナがキッドを見て目を丸くする。
「おいらはキッド。まだ12歳だけど、ここのチーフメカニックを務める超天才少年なんだぜ。あんなの、XXXG系統の自爆装置に比べたら、雑誌の付録レベルだぜ」
「キッド、ご苦労じゃった。イリスとロナはここに残ってキッドと救命ポッドを解析しろ。科学者とモビルスーツ乗りの視点で見てみろ」
「あいよ。じゃ、イリス様とロナさん、こっちだ」
「かぐやとカミーユはその女を医務室へ運べ。ワシもすぐ行く」
ヘンリーがG教授に向き直る。
「教授、えらいものに巻き込まれましたな。時間はあるのですかな?」
「ええ。ホテルはチェックアウトしましたし、エジプト滞在期限はあと一日半はあります」
「そうですか。帰る時は言ってください。空飛ぶクルマで送らせます。計3人ですな?」
「はい。ここは何でもあるのですね。……ドクター、ついでにと言ったらなんですが、もう1つお願いがありまして。空いている部屋があれば貸していただきたいのです。エジプト政府と役人に提出するレポートを書かねばならんのですよ。セシリア、手伝ってくれ」
「もちろんよ」
「なら13階の図書館を使うといい。そこを曲がるとエレベーターがある」
ヘンリーは船内マイクを掴んだ。
「オペレーター。教授とセシリアに図書館使用許可を。ダウンロードも自由にできるようにしてやってくれ」
「かしこまりました」
「図書館には地球に関するあらゆる資料が揃っておる。自由に見てくれて構わん。ダウンロードも自由じゃ。本棚中央には大型モニターが設置されとるから、ワシらともすぐ連絡が取れる。ごゆっくり」
「すみませんドクター。助かります」
「なんの」
「ところで娘さん、大佐は元気かの?肩の調子はどうじゃった?」
「はい、おかげさまで。毎日肩をぐるぐる回してニヤついてました。メドベッド効果もあってか、部下からは『大佐は休暇中に若返りの怪しげな薬を注射したんじゃないか』と噂されていたそうです」
「はっはっはっ。そうかそうか。よろしく伝えてくれ。ではワシらは医務室へ行っとるぞ。デシュ、医務室の隣に会議室がある。お前さんはそこで休んでおれ。広くていいぞ」
「はい。ありがとうございます。父に伝えておきます」
セシリアはふと救命ポッドに目をやり、 独り言のようにつぶやいた。
「あの救命ポッド……まるで虚ろ舟じゃない」
登場キャラクター紹介
セシリア・フェアチャイルド
物語の軸を担う存在。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。救命ポッドを見て、日本で出会った虚ろ舟に思いを馳せる。
名前の由来は「機動戦士ガンダム」でギレン・ザビの第1秘書を務める才色兼備の美女セシリアと、「ガンダムF91」のセシリー・フェアチャイルドから。
イリス
太古に地球を離れた人類の末裔で科学者。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。常にセシリアに寄り添う良き理解者。父親は母星の代表職である最高評議会議長。科学者ならではの冷静な視点と、多次元的な知識を併せ持ち、チームの“要石”として活動する。
名前の由来はピエール=ナルシス・ゲラン作『モルフェウスとイーリス』から。
ロナ
人間の食べ物を摂取し続けたため、人間に変化した元妖精。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。元モビルスーツ乗りとしての腕を見込まれ、新たな移動手段となったシャトル「テンプテーション」の艦長となる。
名前の由来は「ガンダムF91」に登場したセシリー・フェアチャイルドの本名であるベラ・ロナから。嫌いなものはアニメ同様、ラフレシア。
デシュ
イリスがいる世界の保護猫♀で、「赤い彗星の再来」と呼ばれている。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」のアイコン研究員。イリスと同じ高性能マイクロチップがインプラントされており、地球人を始め、異界の者との意思疎通が可能。
名前は読者さん命名。由来はフランス語で「堕天使」を意味するアンジュ・デシュ(Ange déchu)から。
カミーユ
フランスと日本のハーフ女性。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。元傭兵で、その類稀なる戦闘能力から「最高のニュータイプ」と呼ばれている。
名前の由来は「Zガンダム」の主人公カミーユ・ビダンから。
かぐや
日本人と地球外知的生命体とのハイブリッドの末裔。前・月の代表で、G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。地球のオープンコンタクトの“先鋒”という、新たな任務の元、セシリアらと共に旅を続ける。
G教授
イギリス国防省「UFO desk」元職員にして、政府のオープンコンタクト推進派メンバーでもある考古学者。セシリアの公私にわたる恩師であり、教授職を退官し、名誉教授となった。個人事務所「Professor G Archaeological Institute」を開設し、メンバーを率いてフィールドワークをしている。
名前の由来は「ガンダムW」に登場するプロフェッサーG。
ヘンリー・フィーア
イリス一族の専属ドクター。専門は産婦人科。人呼んで「スーパードクターH」。母船「ラビアンローズ」の常駐医師兼副長的立場として指揮を執っている。イリス、ロナ、かぐやから“変なおじさん”認定をされている。
名前の由来は小説『新機動戦記ガンダムW Frozen Teardrop』から。
キッド
弱冠12歳にしてイリスの母船「ラビアンローズ」のチーフメカニックを務める超天才少年。小型核搭載の時限爆弾装置ですら、“雑誌の付録レベル”扱いで、手際よく解体する。
名前の由来は「ガンダムX」に登場するキッド・サルサミル。
編集後記
Season 4のラストからそのまま物語が連続し、Season 5が幕を開けました。
舞台は一転し、宇宙にいるイリスの母船「ラビアンローズ」へと移ります。
ヘンリーの振る舞いからも分かるように、彼はイリスに代わって母船の副長的立場で指揮を執っており、単なる“変なおじさん”ではなく、有能な人物であることが今回の描写で伝わったのではないでしょうか。
キッドのセリフにある「XXXG系統」とは、ガンダムWに登場するL1〜L5の各宇宙コロニーで開発された5機のガンダムおよびその発展機の型式番号の系統を指します。
キッドは作品の枠を越えて活躍しているのでは──という、ガンダムファンとしてのささやかな想いを織り込みました。
そして今回、新たに登場した謎の女性は一体何者なのか。今後の展開を、どうぞご期待ください。
