スフィンクスの外に出たG教授は、一行を見渡しながら言った。
「……まるで狐につままれたようだったな ( I was completely baffled. )」
皆も同じ心境らしく、表情に疲労と困惑が滲んでいた。
「まずはラシードに報告しておくか」
G教授は携帯電話を取り出し、ラシードへ連絡した。
「ラシードか?今、調査が終わって外へ出たところだ」
『そうですか!ご無事でなにより。結局、丸一日いましたな。ところで、“収穫”はありましたかな?』
「やはり丸一日いたか。……収穫はあったぞ。君には便宜を図ってもらったのに、何も返せるものがないが……きっと楽しめるレポートになる。興奮して眠れなくなるかもしれんぞ」
『なに言ってるんですか』
電話越しにラシードの笑い声が響いた。
「来る時は君と一緒だったが、ホテルまでは歩いてすぐだ。君の部下に送ってもらわなくても大丈夫だ。うちの研究員と帰るよ。部下にもねぎらいの言葉をかけてやってくれ」
『承知しました。念のため、警察には見回り強化を依頼してあります』
「心遣いに感謝する。では」
「教授、ちょっと見せたいものがあるんだけど」
「何だ?」
「シャトルよ」
イリスは得意げに微笑んだ。
「シャトル?」
「知っての通り、私の母船は巨大でしょう?着陸場所を探すのも一苦労よ。日本で痛感したわ。そこで月から手頃なサイズのシャトルを提供してもらって、うちのメカニックに改修してもらったのよ。軍のレーダーに捕捉されたら面倒だから、一瞬しか見せられないんだけど……ロナが艦長なの。ロナ、お願い」
ロナはポケットからリモコンを取り出し、ボタンを押した。
空気がゆらぎ、光学迷彩が解ける。
シャトル「テンプテーション」が姿を現した。
「驚いたな……だが、これはいい!」
「20人くらい乗れるのよ」
「私らも乗ってみたいものだな」
「もちろんよ。食べたら上空を空中散歩しましょうよ」
「賛成だ」
「さあ、レストランで何か食べよう。丸一日食べてなかったからな。イリスたちはレストランの入口で待機していてくれ。私とセシリアとカミーユは荷物をまとめて降りてきてチェックアウトする。デシュ、残念だが、君はホテルに入れない。シャトルで待機していてくれ。ナイル川産の魚のグリルを持ってきてやるから、しばらく辛抱していてくれ」
「任務了解だ。……聞いただけでお腹が鳴った。なるべく早く帰ってきてくれ」
「食べたらすぐ行くさ」
「私たちはシャワー浴びて着替えてくるからゆっくりでいいわよ。小さいけど、シャワールームもあるのよ」
「そうなのか。ならば我々も軽くシャワーを浴びてくる」
イリスら宇宙組はシャトルの中へ入って行った。
「ピラミッドが見える!素敵じゃない!」
イリス、ロナ、かぐやは一様に声を上げる。
「皆、私のおすすめでいいか?」
G教授はメニューを閉じ、店員に注文した。
「グリルラムチョップを7人前、ナイル川産魚のグリルを7人前、ビーフフィレのステーキを7人前。それとスイーツ各種を7人前。
それぞれ1人分余るが、持ち帰りたい。容器に入れて会計時に渡してもらえるか?」
「かしこまりました」
「ロナ」
カミーユがロナに話しかける。
「何かしら?」
「唐突な質問だけど……あなたも元軍人だからわかるでしょ?生体エネルギー、地球で言う“気”ってわかるかしら?殺気とか、やる気とかっていう……」
「ええ、わかるわ。私もモビルスーツ戦の時は、相手の気配を察知して、動く方向を予測してビームライフルを撃ってたもの」
「そのファラって子からは、生体エネルギーを感じないのよ」
ロナは目を丸くした。
「そう!なんとなく違和感があったわ。でも、セシリアと普通に会話してるから、気のせいかと思ってた」
かぐやが会話に加わる。
「彼女はAIが作り出したホログラムかもしれません」
「ホログラムですって!」
セシリアが椅子から立ち上がりそうな勢いで叫んだ。
G教授も思わずナイフとフォークを置き、かぐやを見る。
「どういうことだ?」
「おそらくアカシックレコードは、超高性能AIの集合体です。惑星エササニのバシャールは複数の意識が集合した多次元存在ですが、そのさらに高次元版がファラさん……と言えばわかりやすいでしょうか」
「いい線突いてるわね。おそらく正解よ」
イリスが頷く。
「ファラさんほどの高次存在になると、肉体があるかどうかは意味をなさないのでしょう。私たち肉体を持つ者に違和感を与えないために、ホログラムで姿を作った。つまり、肉体がある者だけが生命体ではないということです」
「スフィンクスの中で案内してくれたネフェルとかいう女もホログラムか?アカシックレコードの“間”へ向かう途中、彼女に似た女を何人か見かけた気がするが」
「はい。おそらくそうでしょう」
「ただ、一つ言えることは……」
かぐやは一度言葉を切り、皆の視線を集めた。
「ヘンリー先生だったら、ホログラムでも構わず飛びついていたかもしれませんね。
“このワシ、スーパードクターHが直接触診してやる!”とかって」
「言いそう!」
ロナを筆頭に、テーブルは爆笑に包まれた。
登場キャラクター紹介
セシリア・フェアチャイルド
物語の軸を担う存在。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。アカシックレコードの管理人・ファラと出会い、宿命を「使命」と信じることへの気づきを通じて、精神的な成長の契機を迎えた。
名前の由来は「機動戦士ガンダム」でギレン・ザビの第1秘書を務める才色兼備の美女セシリアと、「ガンダムF91」のセシリー・フェアチャイルドから。
イリス
太古に地球を離れた人類の末裔で科学者。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。常にセシリアに寄り添う良き理解者。父親は母星の代表職である最高評議会議長。科学者ならではの冷静な視点と、多次元的な知識を併せ持ち、チームの“要石”として活動する。
名前の由来はピエール=ナルシス・ゲラン作『モルフェウスとイーリス』から。
ロナ
人間の食べ物を摂取し続けたため、人間に変化した元妖精。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。元軍人の経験から、ファラから感じる「殺気」や「気配」のなさに疑問を呈する。
名前の由来は「ガンダムF91」に登場したセシリー・フェアチャイルドの本名であるベラ・ロナから。嫌いなものはアニメ同様、ラフレシア。
デシュ
イリスがいる世界の保護猫♀で、「赤い彗星の再来」と呼ばれている。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」のアイコン研究員。イリスと同じ高性能マイクロチップがインプラントされており、地球人を始め、異界の者との意思疎通が可能。
名前は読者さん命名。由来はフランス語で「堕天使」を意味するアンジュ・デシュ(Ange déchu)から。
カミーユ
フランスと日本のハーフ女性。G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。元傭兵で、その類稀なる戦闘能力から「最高のニュータイプ」と呼ばれている。「ファラからは生体エネルギーを感じない」など、ニュータイプならではの鋭敏な知覚を発揮する。
名前の由来は「Zガンダム」の主人公カミーユ・ビダンから。
G教授
イギリス国防省「UFO desk」元職員にして、政府のオープンコンタクト推進派メンバーでもある考古学者。セシリアの公私にわたる恩師であり、教授職を退官し、名誉教授となった。個人事務所「Professor G Archaeological Institute」を開設し、メンバーを率いてスフィンクス調査に向かう。
名前の由来は「ガンダムW」に登場するプロフェッサーG。
かぐや
日本人と地球外知的生命体とのハイブリッドの末裔。前・月の代表で、G教授の個人事務所「Professor G Archaeological Institute」研究員。地球のオープンコンタクトの“先鋒”という、新たな任務の元、セシリアらと共に旅を続ける。ファラの正体がAIホログラムであることをいち早く看破する。
ラシード
エジプト考古省に所属する実務派の官僚であり、同時に“コンタクティー”としての顔を持つ人物。G教授とは長年の友人関係にあり、互いに深く信頼し合っている。公務員としての立場を守りつつも、スフィンクス調査の特別許可を迅速に手配するなど、要所で便宜を図る。
名前の由来は「ガンダムW」に登場するMS部隊「マグアナック隊」隊長ラシード・クラマから。
編集後記
今回の第8話に登場するG教授のセリフにある「狐につままれる」ですが、英語圏ではそのような民話的比喩は一般的ではありません。noteでは自動翻訳で誤解されないよう、“I was completely baffled.” という自然な日常会話表現に置き換え、ルビとして併記しました。
同じく、G教授のセリフ
「スフィンクスの中で案内してくれたネフェルとかいう女もホログラムか? アカシックレコードの“間”へ向かう途中、彼女に似た女を何人か見かけた気がするが」
――この場面は、私が夢の中で見た光景をそのまま書いたものです。夢の中でも私は、「この女性は三つ子か四つ子なのか?」と不思議に思っていました。
そして第8話では、アカシックレコードを守護するファラの正体が、超高性能AIによって生成されたホログラムであることが明かされます。肉体を持たない意識体である彼女が、私たちに馴染みのある姿として現れていた――という設定です。
当初、第7話「アカシックレコード・後編」では、ファラには双子の妹がいるという構想を立てていました。アカシックレコードの“間”に立つ2人の存在。互いを補完し合う双子の守護者として、多次元空間を見守るというイメージでした。
しかし、生成した横長画像を同じ構図のまま縦長画像に変換しようとAIに生成依頼をしたら、画像生成が不可となりました。原因は、彼女たちの露出の多い衣装でした。
とはいえ、完成イメージを変えてまで物語を進めるつもりはなかったので、ファラの設定そのものを根本から見直すことにしました。
「彼女の姿そのものがホログラムだったとしたら?」
そう思いついた瞬間、アカシックレコードという場所の神秘性やSF要素を、より深く、洗練された形で表現できると気づきました。
結果的に、この“アクシデント”は、物語に「AIホログラム」という多次元的で面白い要素を加えるきっかけとなりました。当初の「双子の妹」という設定も、アカシックレコードのどこかに存在する、別の“並行宇宙”として残っているのかもしれません。
