ポータルクロニクル Season 3 第11話「スーパードクターH・前編」

アーサーがおもむろに口を開いた。
「ところでイリス、ひとつ頼みがある」

「何かしら?」
イリスが小首をかしげる。

「若い頃、戦闘で左肩を撃たれてな。弾は貫通したが、小さな破片がまだ残っている。日常生活に支障はないが、時々うずく。軍病院では“神経を傷つける恐れがある”と言われて手術を断られてしまってな……。早い話が不可能だから体よく断られたということだ。君たちの技術で、どうにかならんか?休暇はあと3日ある。可能か?」

「母船にドクターが常駐しているわ。私の一族の専属ドクターよ。腕は天才的だから、一度診てもらうといいわ。今から連絡しておくわ」

「……ということは、私は君の母船に乗ってもいいのか?」

「ええ、もちろん」

横で聞いていたG教授が身を乗り出す。
「私も新学期まで時間がある。よかったら同行させてくれないか。オーバーテクノロジーの結晶を、この目で見たいんだ」

「もちろん、全員歓迎するわ」

数分後、イリスの頭部マイクロチップにヘンリー医師から返信が届いた。
「今からでも大丈夫だそうよ。裏山へ行きましょう。光学迷彩で隠してあるけど、タラップを下ろさせるから、すぐ分かるわ」

裏山に向かうと、空間が揺らぎ、巨大な船体が姿を現した。

アーサーは思わず足を止めた。
「この大きさ……艦艇というより、もはや“移動基地”だな」

タラップが開いた瞬間、内部からまばゆい光があふれ出す。

G教授は目を丸くし、声を震わせる。
「光源が見当たらん……。壁そのものが発光しているのか?」

セシリアやカミーユも目を丸くする。
「空気が違う……。なんか、澄んでるというか……吸い込まれるみたい」

タラップを進むにつれ、空気が変わる。
地球のどの施設とも違う、静謐で、どこか“重力の質”すら違うような感覚だ。

アーサーは低く呟いた。
「……身体が軽くなる。これは何だ?」

イリスが振り返り、誇らしげに微笑む。
「母船全体に重力フィールドが張ってあるの。身体に負担なく過ごせるようにね」

G教授は驚嘆を隠せない。
「地球の百年先どころではないな」

そのとき、奥から細い目にドジョウ髭を蓄えた、どこか食えない表情の男が現れた。

「軍人パパさんはどちらかな?」

「私だ」
アーサーが一歩前に出て背筋を伸ばす。
「イギリス海兵隊所属、アーサー・フェアチャイルド大佐だ」

「イリス一族の専属ドクター、ヘンリー・フィーアじゃ。よろしく。話は聞いておる」

ヘンリーは一同を見渡し、かぐやに視線を止めた。
「お前さんが月から来たセーラームーンじゃな?実に興味深い身体をしておる。疲れも溜まっておるじゃろう。ここらでメンテナンスしてみんか?検査機器に10分ほど寝るだけでいい。特別な検査着も用意してある。シースルーのセーラー服じゃ」

かぐやの顔が一瞬で真っ赤になり、ヘンリーを指差し叫んだ。
「このおじさん、変なんです!」

「そうです、私が変なおじさんです。
 あっ、変なおじさんだから~変なおじさんっと♪」

軽快なステップを踏んだヘンリーは、一拍置いてピタリと止まり、
「……とでも言うと思ったか?お前たちが“変なおじさん変なおじさん”とうるさいから、サービスで応えてやっただけじゃ。ふん」

かぐやがやや呆れたように言う。
「やっぱり、ロナさんの言う通り、頭文字の“H”はスケベの“H”ですね」

「失礼な。昔、日本に『スーパードクターK』という名作漫画があったじゃろ。さしずめワシは“スーパードクターH”じゃ」

「先生、日本の漫画にも詳しいんですか?」

「イリスから聞かなかったか?我々は“元地球人”じゃ。これくらいの教養、ちょっとはかじっておるわ。ふっふっふ」

ヘンリーはニヤリと笑い、急に医師らしい鋭い口調に戻る。
「かぐや、更衣室にちゃんとした検査着がある。着替えてこい。その右腕の金属ブレスレットは外しておけ。イリス、案内してやれ」

「大佐、まずは採血じゃ。腕をまくってくれ」
ヘンリーは円筒形の白い筐体を軽く叩いた。
「よし、次はここに10分ほど横たわってくれ」

「これは……CTのようなものですかな?」

「早い話がそうじゃ。しかしこれは、骨・神経・内臓から微細な病変まで、すべてを三次元データとして出力できる優れモノじゃ」

終了アラームが鳴り、アーサーが検査機器から出てくる。

「次はかぐやじゃ。まず採血」

「はい……」
採血を終えるとかぐやは、静かに検査機器へと吸い込まれていった。

検査が終わり、かぐやが出てくると、ヘンリーは手術室の隣の部屋にある透明なカプセルを指した。
「かぐや、大佐のオペが終わるまで、あそこに入って寝ておれ」

「あれは……酸素カプセルですか?」

「“メドベッド”じゃ」

「そんなものまで完成させていたんですか!?」

「まあな。地球ではまだ疑似科学扱いのようじゃて……」

ヘンリーはG教授ら地球組に視線を移して言う。
「地球のお友達は信じようとせんじゃろうが……地球では月移住だ火星移住だと言っとるじゃろ?我々はお前さん方の“未来形”だと思ってくれればいい」

「よし、大佐。データが出たぞ。見たまえ」

モニターにアーサーの左肩が立体表示される。
「ここじゃな。確かに地球の医者なら嫌がる位置じゃ。神経を抱き込むように破片が入り込んでおる」

「……治りますか?」

「ここには正確無比なロボットアームがある。もちろんワシも執刀する。弾の破片を除去するくらい造作もない。なにしろワシは“スーパードクターH”じゃからな」

「さすがに、少し緊張してきましたな……」

「ロボットアームがいっぱいあるからか?SF映画でよく見る光景じゃろ?」

「はあ……」

「手術台に横たわれ。……さあ、麻酔するぞ。ポチッとな」

スイッチが押された瞬間、アーサーの意識は深い眠りへと落ちていった。

登場キャラクター紹介

セシリア・フェアチャイルド
物語の軸を担う存在。大学院を卒業し、晴れてイチ学者として独り立ちすることとなった。父や仲間と共に、つかの間の休暇を楽しむ。
名前の由来は「機動戦士ガンダム」でギレン・ザビの第1秘書を務める才色兼備の美女セシリアと、「ガンダムF91」のセシリー・フェアチャイルドから。

イリス
太古に地球を離れた人類の末裔で科学者。セシリアをアブダクションしてインプラントを施した。常にセシリアに寄り添う良き理解者。父親は母星の代表職である最高評議会議長。
名前の由来はピエール=ナルシス・ゲラン作『モルフェウスとイーリス』から。

ロナ
妖精だったが、人間の食べ物を摂取し続けたため、人間に変化した。そのため、母星から追放され、イリスの星へ移住することとなった。しかし移住せず、引き続きセシリアらと旅を続ける。
名前の由来は「ガンダムF91」に登場したセシリー・フェアチャイルドの本名であるベラ・ロナから。嫌いなものはアニメ同様、ラフレシア。

カミーユ
フランスと日本のハーフ女性。元傭兵で、その類稀なる戦闘能力から「最高のニュータイプ」と呼ばれている。セシリアが帰郷後も引き続き、共に旅を続ける。
名前の由来は「Zガンダム」の主人公カミーユ・ビダンから。

かぐや
日本人と地球外知的生命体とのハイブリッドの末裔で、前・月の代表。ヘンリーからは「セーラームーン」と呼ばれている。地球のオープンコンタクトの“先鋒”という、新たな任務の元、セシリアらと共に旅を続ける。

アーサー・フェアチャイルド
セシリアの父親で父子家庭。イギリス海兵隊大佐。ヘンリーから左肩に残った弾丸の破片の摘出手術を受けることとなった。
名前の由来は「ガンダムSEED FREEDOM」でミレニアムの副長を務めたアーサー・トラインから。

G教授
考古学者で、セシリアの公私にわたる恩師。イギリス国防省「UFO desk」出身で、現在はイギリス政府のオープンコンタクト推進派メンバーであることが明かされる。初めて乗ったイリスの母船に驚嘆する。
名前の由来は「ガンダムW」に登場するプロフェッサーG。


ヘンリー・フィーア
イリス一族の専属ドクター。専門は産婦人科。人呼んで「スーパードクターH」。細い目、常に笑みを湛えたような表情とドジョウ髭が特徴。イリス、ロナ、かぐやから“変なおじさん”認定される。
名前の由来は小説『新機動戦記ガンダムW Frozen Teardrop』から。

編集後記

メドベッドは地球では疑似科学や陰謀論として片づけられがちな存在ですが、いつか物語の中で触れてみたいと思っていました。

地球にルーツを持ちながら、地球文明を大きく超えた技術を築いたイリスの星――
その姿を通して、「もし地球が別の進化を選んでいたら」というもう一つの未来像を描いてみました。
地球とイリスの星の対比が、読者にとって世界観の奥行きを感じるきっかけになれば嬉しく思います。

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